子ども部屋(コラム・『ひぐち英明ホッとコム』)

9月19日

コロナ禍の学生生活は、やはり、それ以前とは一変しています。長男(大学2年)は、昨年と比べると学校に行く機会も増えてきています。授業ではなく、自主的な活動として、同級生と一緒にオペラの練習などもしており、そうした活動は楽しいようです。

一方、みなが集まることができるようになりつつも、一緒にご飯を食べたりするのも気が引ける、まして旅行に行ったりということなど全く無理。昨年のように、同級生に合うことすらなかったときよりは今の方がましなのですが、友達と仲良くなっても、一緒に遊べない、というのは、それはそれでストレスがたまるようです。当然の感情だと思います。

公の責任で、コロナの対策をしっかりと行い、学生だけでなく、誰もが普通に生活ができる状況にすることが求められています。

ところが国は、公の責任を果たすどころか、コロナ対策にさえ、自己責任を押し付けてきています。そして、そのやり方を市長がそのまま京都市に持ち込んできています。

市長が決定した「行財政改革計画」は、様々な市民負担増と制度改悪を行おうというものであり、あらゆる分野において、自己責任を押し付けるものです。一方で、北陸新幹線などの巨大プロジェクトは推進。こうした政治を一刻も早く転換させましょう。

(更新日:2021年09月19日)

9月1日

次女(高校2年)が、部活が夏休みで久しぶりに岡山から帰省した時のこと。トイレの電気がついたままだったのを見つけて、「なんでつけっぱなしなん?」と指摘していました。

次女がまだ家にいる時から、我が家はあちこちの電気がつけたままのことがよくあるし、冷暖房中でも部屋の戸が開けたままというのが日常風景です。当然、次女もつけっぱなし、開けっぱなし、の一人だったと思うのですが・・・一人暮らしを始めて意識が変わったんだなあ、と変な感慨にふけっていました。

次女の声に反応したのは、今回のつけっぱなしの張本人である妻。「だってお母さんだから(仕方ないでしょ)」と、わけのわからない返答をしていました。

(更新日:2021年09月01日)